| 2003年1月 |
 |
2003年 BUELL XB9S 納車 |
| 2003年2月 |
 |
まずは、ホイールを赤くして全体にインパクトを与えた。
また、同時にレースキットと呼ばれる、モジュール・マフラー・エアクリーナーも装着。4500回転からの吹け上がりが気持ちよくなった。 |
| 2003年5月 |
 |
オーリンズ装着
外装に合わせて黄色いスプリングを赤く塗装する。
|
| 2003年6月 |
 |
初レース
SPEEDWAY MEET 3時間耐久レース(岡山国際サーキット) |
| 2003年7月 |
 |
初スプリントレース
HotChocoCup2(那須サーキット)
初めてシグナルスタートを体験。心臓が口から飛び出そうだった。 |
| 2003年9月 |
 |
BS走行会
調子に乗って走っていたら、転倒して色々壊れる。
早くも壁にぶつかる。
|
| 2003年11月 |
 |
シート加工
ポジションに自由度を持たせる為に、フラットなシートに変更。
ついでに赤くしてみた。
前回の転倒でへこんだエキパイをXB12Rの太いのに変更。
フレームの傷を隠す為にカーボンカバー |
| 2003年12月 |
 |
MCFAJ クラブマンロードレースへ出場(筑波サーキット)
MAX10 Class2(90年以降の外車2気筒)
XB9Sのシートカウルではゼッケンをつけるのに苦労する。
そして格好悪いのだ。 |
| 2004年1月 |
 |
これが最後の街乗り。
これ以降は保安部品が装着されることは無く、サーキット専用車となってしまった。 |
| 2004年2月 |

 |
MCFAJ クラブマンロードレースへ出場(筑波サーキット)
リア部をサブフレームごとXB9Rのものに変更。
フロントゼッケンをつけるために、スクーターJOGの部品を加工して装着。これにあわせて外装を白にした。
また、出場者に同じツナギのライダーが居たので、ツナギも新調することをこのときに決意! |
| 2004年5月 |
 |
やはり赤ホイールには黒い外装と思い色を塗った。
それにあわせて、マフラーも耐熱赤スプレーで赤くした。
周りからは消火器と呼ばれていた。
また、カーボンのフレームカバーは風ではがれてしまうので、外してフレームをパテで修正した。 |
| 2004年5月 |
 |
MCFAJ クラブマンロードレースへ出場
CSSC-OPENクラス(筑波サーキット)
ツナギもセクレテールで新調 |
| 2004年7月 |
 |
HotChocoCup3(那須サーキット)
昨年のChocoクラスからHotクラスに昇格 |
| 2004年8月 |
 |
SPEEDWAY MEET 3時間耐久レース
岡山国際サーキット
このときにブレーキレバーをベルリンガーのラジアルポンプに変更 |
| 2004年9月 |

 |
MCFAJ クラブマンロードレースへ出場 CSSC-OPENクラス(菅生サーキット)で初の3位表彰台をゲット!
BRIDGESTONEのWinnersCapを初めて手に入れる。
|
| 2004年11月 |
 |
レースのレギュレーションに合わせてアンダーカウル装着 |
| 2004年12月 |
 |
MCFAJ クラブマンロードレースへ出場(筑波サーキット) MAX10 UAクラス(90年以降製造の空冷ツイン)
|
| 2005年3月 |
 |
BS走行会
特に変化なし |
| 2005年5月 |
 |
MCFAJ クラブマンロードレースへ出場(筑波サーキット) MAX10 UAクラス(90年以降製造の空冷ツイン)
ここで初優勝を果たす。
|
| 2005年7月 |
 |
MCFAJ クラブマンロードレースへ出場(筑波サーキット)
CSSC-OPENクラス
前回の優勝を記念してオールペイント。しかし転倒リタイヤ⇒救急車となってしまう。 |
| 2005年9月 |
 |
FUN&RUN ! 2-Wheels(鈴鹿サーキット 東コース)
復帰第1戦ながらウエットコンディションでメロメロ。記憶を抹消する。 |
| 2005年10月 |
 |
BS走行会
7月の転倒後スカッとした走りがなかったが、この日は9秒6をマーク出来たので、転倒の後遺症は無かったものと断定できた。 |
| 2005年11月 |
 |
MAX10 3時間耐久レースへ出場(菅生サーキット) |
| 2006年2月 |
 |
完成!!!!!
ベルトドライブをコースにあわせてセッティング出来るようにチェーン化することで、カスタム計画は一旦終了。
BUELL XB9SR
|
| 2006年3月 |
 |
CLUBMANロードレース第1戦 FISCOで菅生以来の表彰台をゲット。
しかし、直線での伸びが物足りず、ボアアップとかフルカウル化の必要性を感じてしまう。
  
|
| 2007年3月 |
 |
前年のFSWでの走行でクランクケース損傷という大きなダメージを受けて、思い切ってエンジンをXB12に変更。ハンドル周りもPLAIN製のトップブリッジ・ハンドル・カウルステーを装着し、シンプルで軽くなった。マシンとしては一応完成かな?
 
|
| 2008年4月 |
 |
モンスターのフロント回りを移植して、XBの特徴であるリムオンディスクからダブルディスクに変更。
その甲斐あってか?
CLUBMANロードレース第1戦 のMAX7クラスで3位表彰台を獲得。
|
| 2008年6月 |
 |
2003年6月1日の岡山国際サーキットでのSSC耐久レースから5年経った同じ6月1日にCSSC−OPENクラスで初優勝。
これまで一度も勝たせてもらえなかったMr.スポーツスターカップである腰痛番長やSPOTTER'Sのwadaさん達を抑えての優勝だったので大変うれしかった。
 
|
| 2008年9月 |
 |
素人レーサーとしての限界のタイムは7秒台と言われていた。
セッティングなどあまり考えなくても走りこめば7秒台は出る。
しかし、6秒台となると遊びでは済まなくなる。
嬉しさと恐怖が微妙に入り混じったこの日の走行でBUELL XBでのレースはひとつの完結を迎えた。
|
| |
|
|