筑波サーキットスポーツ走行

2006/3/3(金) ひな祭り

写真集



写真提供:福島さん

 

3月2日(木)深夜に見てしまったホラー映画のおかげで寝れなくなり、眠りに就いたのはAM4:00になってからだった。
さらに、AM5:00に目覚ましをセットしていたのだが、4:58くらいに目を覚ましてしまうという興奮振りだった。
昨年11月の菅生3時間耐久レース出場依頼3ヶ月以上もブランクを作ってしまった為に、久々のサーキット走行に気が高ぶっていたに違いない。
すぐにシャワーを浴びて5:30には家を出発した。
まだ、暗かったが気温は低くないようだ。しかし、雨が若干降っている。
これで、現地もウエットなら来週の本番レースではどうにもならない。
心の中でアポロン様やチョウナン様を思い浮かべて祈ることしか出来なかった。
常磐自動車道にのることには雨は上がって路面も乾いていた。
カーナビが「茨城県に入ります」と告げと時には、東の空に朝焼けが見えた。
これまで、何十回と見ている風景だが、このあたりから徐々にテンションは上がり始める。
思い通りのダイエットが進んでいないので、セブンイレブンでの買出しはパスして、筑波サーキットへ向かう。
ひょっとして雨かも知れないと思っていたので、今日はPITを取ろうと思いながら筑波サーキットへ到着。
入口を過ぎて、第一コーナー下のトンネルの入口に表示されている「GET TO THE WIN」これを見て、さらにテンションを上げる。
そのころ、Sさんは谷和原あたりを走っているとの連絡が入った。

5番PITを確保し、バイクを下ろし、一部ワイヤリング・空気圧チェック・P−LAP取り付け・アンダーカウル取り付けという走行前準備を早々と済ませて、9:00からの1本目に備えた。
今日はその後、10:00〜・11:00〜と3本の予約が入っている。
この3本で9秒台に乗せることを、今日の目標としていた。

間もなくSさんが到着し、本邦初公開となるXB12R NEW BLUE DYNAMITE号が登場した。
私が推薦したハイライトブルーではなく、スポーツスター BLUE DYNAMITE号と同じ青にこだわったようだ。
前日に届いたらしく、取り付けだけで精一杯でゼッケンなどもまだ貼り付けていなかった。

時間も8:00を過ぎ、最初の走行まであと1時間というところで、念のためにエンジンをかけてみようとSさんは言い出し、セルを回した。
「グギッ      ブルンブルン・・・」
あれっ?バッテリーが弱ってるんじゃないのかな?
と思ったが、それ以上に、エンジン音がおかしい。
いつもの心地良いV-TWINのサウンドではない。
調べてみると、片俳になっていた。
幸いにも、プラグが不調だったのは、前のシリンダーだったので、何とか交換できたが、後ろ側だったら大変なことになっていたかもしれない。
しかしながら、このプラグ交換で相当時間を費やし、他にワイヤリング、ゼッケン貼り付けなどなどが終わったのは9:00ちを回っていた。
いつもは、例のイスにどっしりと腰掛て、瞑想とも思える落ち着きで準備を整えるSさんとは異なり、忙しかったようだ。
私は一足先にコースINした。

久しぶりのサーキット。
やはり気持ちよい。
チェーンになったことも忘れて、さりげなく2周ほど流して、徐々にタイムアップを試みたが、13秒程度までしか出ない。
「ブランクというのは大きいな〜! まぁ〜1本目だからのんびり行くか!」
などと余裕をこいて走行していると、前にSさんを発見した。
SさんがXBに乗る姿は初めて見たが、背筋をピンと伸ばしたスポーツスターに乗る姿の印象が強いせいか、普通のレーサーに見えてしまう。
私はすでに5周ほどしていたので、タイヤも十分出来上がっていたこともあり、S字でSさんをパスして前に出た。
「よ〜し ここからが勝負だ!」
すると、タイムはすぐに10秒台にまで伸びた。
そして、第一コーナーでやや遅めのライダーに引っかかっている時に、Sさんにパスされた。
さすがにベテランはこういうところが上手い。
遅いライダーのパスはベテランには適わない。
しかし、次に登場したやや遅めのライダー(直線は速い)に手こずるSさんを後ろから見ていて、2台ごと捲くれないだろうか?
などと考えながら、数周を費やした。
すると、Sさんがやっとそのライダーをパスすると9秒台の走行に変わった。
10秒台の私には到底追い抜ける雰囲気が無かった。
「まだ1本目 1本目」と自分に言い聞かせながら、徐々に離れて行くSさんの背中を見えていた。
そして、チェッカー。

PITに戻ると、次なる試練がSさんを待ち構えていた。
アンダーカウルの左側のビスのところが割れてしまっていた。
XBのアンダーカウルは左側は1点留めrであるために、私も数度割ってるし、ネベちゃんも割っている。
当然のことながら、Sさんの走りでは割れるのは当たり前だったかもしれない。
次の走行まで30分しかない。
ここでも、時間ギリギリまで修復作業に取り組んでいた。
いつもの、挽きたての自家製コーヒーをゆったりと飲む景色はこの日は無かった。

10:00をちょっと回ったが、今度は一緒にコースINした。
そして、1周目の第二ヘヤピンで悲劇は起こった。
まだ1周目で、それほどペースも速くないのに、前を行くSさんのリアが滑って転倒し、コースの真ん中で倒れた。
Sさんが転倒するなんて、、、。
初めて見るこの光景に動揺しながらも、頭の中を色々と駆け巡った。
来週レース。
色塗ったばかり。
そして、次に第二ヘヤピンに戻ってきたときには、自力でマシンを押して、コース脇に非難していた。
「おぉ〜 大丈夫だったか〜」
「これなら、Sさんの分までオレが走ろう!」
微妙に近いタイムのライダー達を抜きながら、P-LAPに表示されるタイムは上がっていた。
そして、後半には目標でもある9秒4をマーク。
「よ〜し このまま夢の8秒台もいけるぞ〜」
そう思った瞬間、また黄旗が振られていた。
MCコーナー立ち上がりで黄色のマシンが倒れており、その下にライダーが下敷きになっているではないか!
やはり、路面温度が低いせいなのか?
これで、赤旗となり2本目の走行は終わった。

PITに戻り、レッカーのSさんを待った。

Sさんすなわち、腰痛番長は元気にバイクに跨ったままレッカーで運ばれてきた。
レッカーの上でも、背筋を伸ばし、男らしいその姿に、たいした怪我も無く良かったと思っていた。
しかし、ビッコをひいてる。
事故直後のビッコは骨が折れているケースが少なくない。
念のために医務室へ行き、湿布をしてもらうときに、熱が出たらすぐに病院へ行くようにと言われたらしい。
我々はもう一本走行を残していたが、診察は早い方が良いので、あわててて荷物をまとめてサーキットを後にした。

私は午後から仕事が入っていたので、そのまま腰痛番長とは別れて職場に戻った。

夕方腰痛番長から連絡が入った。
やはり、右足の小指の奥の方が折れてたらしい。

この瞬間、FISCO戦をNEWカラーのXBで走ることを楽しみにしていたレースを断念することが決まった。
PLAINでは壊れたマシンの修復は即座に終わらせていつでも走れる状態になっていた。
「良かったねぇ〜 右足で。だって左足でシフトチェンジは出来るからね〜」
おぉ〜 腰痛番長がそれでも走るかも知れないことも想定していたのだ。

そう考えると、2004年9月の菅生で同じく転倒して左足を骨折しながらも、シフトペダルを急遽改良して決勝レースに挑んだHD成田のwadaさんの根性は凄まじかったことを思い出される。
と、同時にそのwadaさんに負けてしまった情けない自分もセットで思い出してしまった。

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