CLUBMAN Road Race 第1戦
開催日:2005年5月1日(日)
場所:筑波サーキット
写真集(腰痛番長カメラ)
写真集(wadaさんおよびタカギさんの画像)
画像1(表彰台)
画像2(スピーチ)
画像3(先走りシャンパン)
※画像はGS馬力さんよりいただきました。
すべては、この応援ポスターで決まっていたと言っても過言ではない。
ゴルゴTOYのご子息エイタ君とサヤちゃんが私の為にクレヨンで書いてくれて持ってきてくれた。
走る前から、既にうるうるだったりする。
この日は、MAX10-UA(90年以降製造の外車空冷)クラスとCSSC-OPEN(Harley-Davidsonエンジン)クラスのダブルエントリーで臨んだ。
無謀にもダブルエントリーにしたのは、エントリー締め切り間近にJackからの挑発によるものだ。「私はOPENとMAX5にダブルエントリーしたのでmazyoraさんもどう? 走れるときにたっぷり走っておこうよ! 私の場合はXB9SとM1000という特性の違うバイクでのダブルエントリーなので、色々と難しい面はあるが、mazyoraさんの場合は同じバイクで出れるんだから絶対有利だよ!」
私は、「絶対有利」と言う言葉に魅力を感じてしまったのであった。
体力の問題はあるが、予選2回・決勝2回で合計40分程度なら、スポーツ走行約2本分なら問題無い。(実際は本番の緊張感と白熱により実際の時間×3くらいであった)
また、「40LAPの男」という異名を持つ私は、スロースターターである。
かなり走らないとベストLAPが出ない耐久レーサー体質である。
(レースデビューが英田国際サーキットでの3時間耐久レースであることに起因している)
毎回レースをするたびに、不完全燃焼で終わっていた。
常に最終LAPがベストLAPという奥手の性格なのである。
そういうことを考えると、ダブルエントリーというのは私に合ってると思った。
■MAX10予選
NEWタイヤおよび一本目ということで、慎重にコースイン、15秒程度で1〜2周しているとき、
第一コーナーでINに鋭く切り込みながら私を交わしていく黒いXBが居た。
「おぉ〜ナベちゃんではないか?」
最初から非常に元気が良い。これが戸田さんの言ってたカットインなのか!
4月24日の最終調整で11秒5の自己ベストをマークしているナベちゃんは、いつに無く盛り上がっており、それは予選にも現れていた。
「10分しかない予選でモタモタしていては駄目だ。ナベちゃんを抜こう!」
どこで抜いたかは憶えていないが、とりあえずナベちゃんを追い抜き予選を終わった。
結果、タイムは情けない12秒台だったのだが、30人中4位。な・なんとフロントローが転がり込んできた。
■CSSC-OPEN予選
MAX10の予選と連続してこのクラスの予選が行なわれた。タイヤも人間も完全に仕上がった状態での予選は圧倒的に有利だ。タイヤウォーマーの比ではないだろう。
このクラスでの目標は「番長越え」
長年スポーツスターにこだわりつづけ、19/16インチで戦いつづけるご存知CSSC界のラストサムライである。
彼からは多くの叱咤激励を受けてここまでやってきた私としては、恩師への最高の恩返しはそれを超えることにあると思っている。
これまでは、一切相手にはしてもらえなかった。
しかし、今回はとりあえず異変が起こったのである。
予選終了時点で10秒2の好タイムをマークした私がわずか0.1秒の差で、腰痛番長の前を確保したのである。
関係者の中ではどよめきが起こった。
「いよいよ世代交代か?」
「mazyoraさんやっちゃうのか?」
腰痛番長は多少の驚きを見せながらも、「本番では負けない」という自信があったようだ。
決勝までは3時間以上もある。
この退屈な時間は意外と考えることが一杯あった。
午後の決勝はCSSC-OPENが最初で、1レース空いて次がMAX10となる。
つまり、OPENクラスが終わったらそのままスタート前チェックとなるスケジュールである。
それはそれでハードだが、それ以上に「OPENクラスでの番長越え」そして「MAX10 入賞改め優勝狙い」の二つの課題はどう克服するか?
これを考えていると3時間はあっという間に経った。
まずは最初のOPENに専念して、「番長越え」にテーマを絞って作戦を練った。
腰痛番長攻略に興味あるアドバイスをくれたのがクラフトマン藤竹氏である。
彼とは、昨年の英田国際サーキットでの3時間耐久でチームを組み共に戦った仲間である。
それと、私のXB9Sの特性を身を持って知っている人なので、そのアドバイスは的確だった。
「とにかくスタートが良い腰痛番長の後ろに何としてでもしがみついて、9周まではそのままで進行し、最終LAPの第二ヘヤピンで気合を入れて真後ろに付けばバックストレートで簡単に抜けますから、、。それほど、このXBは速いですからそれで行ってください。」
なるほど、なるほど、その作戦が唯一私の可能性を感じる作戦だった。
■CSSC-OPEN決勝
サイティングLAPがおわり、オフィシャルがコースアウト。
赤いシグナルが消えた。
「おらぁ〜〜〜〜〜〜〜」
団子状態で第一コーナーへ向う。
右から左から容赦なく襲い掛かるライダー達。
しかし、私は腰痛番長の背中を捕らえていた。
「よし!良い位置だ。」
まずはスタートには成功した。
しかし、第一コーナー立ち上がりで腰痛番長に離された瞬間#51の清水選手が間に入った。
この選手は元IAという速い人であることは知っていたので、すぐに腰痛番長を抜いて私の進路を妨害することは無いことは知っているので、必至に付いていった。
間もなく、清水選手は腰痛番長を交わし、私と腰痛番長の間には誰も居なくなった。
その差は20m。
「よしよし、ここからジワジワと追いついてやるぞ〜 まだまだ周回数はある」
間もなくwadaさんがすーっと追い抜いていき消えていった。
最初の周は1:15:372
大したタイムではないが私にしては上出来だ、何と言っても腰痛番長がまだ前に居る。
LAP2 1:11:589
その差はジワジワと縮むところか、広がっているように思える。
LAP3 1:12:358
その差は更に広がる。腰痛番長が速いのではない。私が遅いのだ。
「早く何とかしろ!」自分自信に叱咤激励する。
LAP4 1:12:957
「なんだよ タイムが落ちてるじゃないか!何故だ?」
その差はますます広がる。
LAP5 1:12:451
「何で、タイムが上がんないんだ〜!」
「何が悪いんだ?」
12秒台の連発にすっかり意気消沈してしまった。
LAP6 1:12:533
このあたりで、突然#27永井選手にパスされる。
「なんだよRSS1200じゃないか! XBが抜かれちゃ駄目じゃんか! でもこのタイムじゃ仕方無いかな でももう一発気合を入れよう」
LAP7 1:11:135
#27永井選手と抜きつ抜かれつのバトルが始まる。
LAP8 1:11:511
レースも終盤、仕方ないので現在競り合ってるこの選手を仮想・腰痛番長とすることにして、自分自身を奮い立たせた。
LAP9 1:11:362
実は、この周で終わりだと思っていた。
最終コーナー進入で永井選手にINを付かれるものの、クロスラインで一瞬早く私が立ち上がった。「よ〜し もらった〜 (仮想)番長敗れたり〜」
「?????」
しかし、まだチェッカーは振られなかった。
「あちょ〜 もう一周〜」
LAP10(最終LAP) 1:10:732
アチコチで刺されそうになりながらも、何とか前でチェッカーを受けることができて、仮想・番長には競り勝った。最終LAPの男はやはり健在だった。
最終成績は8位。
ほんの10周なのだが、精も根も使い果たした。
実際の腰痛番長の背中は遠く見失ってしまったが、その力の差は確実は縮んでいることは間違いない。
次回7月は何としても、悲願の「番長越え」を実現したいものだ。

優勝:岩城選手(TEAM IWAKI)XB12R
2位:栗林選手(MGスタンビート)XL883
3位:奥田選手(HD福井☆ヂミヘン)XB12S
4位:高城選手(一国&HBR)S1
5位:池田選手(TEAM-HOT-DOCK)
6位:wada選手(HD成田)XB12R
前日にフロントフォークを移植してぶっつけ本番のタカギ氏はS1では自己最高となる6秒台に突入して健闘した。次はもう少し上を狙えるだろう!

1位
2位
3位
4位
5位
6位 くれ〜じ。(TEAM-PLAIN)
■MAX10 UA決勝
OPENクラスを走り終えると次の次のレースがMAX10 UAの集合時間になっていた。
意外と疲れている自分はPLAINテントで癒しながら883レースを観戦していた。
くれ〜じ。の1年ぶりのレースである。
12台中9位という不甲斐ない結果にも、スタートには絶対的自信を持っている彼は、予想通りにロケットスタートを決めて5位くらいまで上がったのだろうか?
中盤戦は白熱した5位争いに観客は沸いていたが、終盤戦はすっかり6位に定着してしまったのは残念だった。
久々のレースだったので、とりあえず6位入賞を誉めるべきだろう。しかし、彼もベテランライダーとして次回は万全の体制で臨んで欲しいものだ。
この883レースが終了とともに、MAX10UAクラスのコースINである。
モッツーとタカハシ氏が段取りをしてくれたお陰で、少しの間ではあるが日陰で休憩することが出来た。多くの人の協力が無ければ到底レースは成り立たないものだ。
ましてやダブルエントリーともなれば尚更である。
この日2回目の決勝レースということもありあまり緊張は無かった。
(このリラックスもダブルエントリー効果)
ぼーっとしている間に選手紹介は終わり、エンジン始動の合図が出た。
慌ててヘルメットをかぶり、バイクに跨りエンジン始動。
サイティングLAPスタート。
身体もバイクも仕上がっている状態の私は、このサイティングLAPで自己ベストをマークする自信があるほど、盛り上がっていた。
オフロードの耐久レースでいうなら30分を過ぎてハイの状態になっているような感じだ
「ちょっと待てよ オレは予選4番手なので一人で勢い良く突っ走るのはマナー違反かな?」
などと思いながら、ペースを落として4番手くらいでグリットについた。
頭の中では「汚れた英雄」のテーマソングが流れている。
そして赤シグナルが消えた。
「START」
ロケットスタートが決まった。
とは言え、3番手くらいで第一コーナーINから進入。
上手く立ち上がり、S字で1台パス。
そして、続く第一ヘヤピンでは先頭の一台をINからパス。
早くも先頭に立った。
「あれっ? もう先頭だよ!行けちゃうかな?」
そして最初の周をTOPで戻ってくることが出来た。
「前には誰も居ないよ〜」
これってはじめての経験だが、結構気持ちよい。
乗りに乗ってると言う感じだった。
LAP1 15:538
LAP2 11:475
LAP3 11:202
LAP4 10:871
LAP5 10:612
LAP6 10:953
LAP7 11:852
LAP8 10:098
背後には#31笠間選手(DUCATI 900SS)が居たが、上のLAPタイムからわかるように、自分自身過去最高のレースが出来た。
恐らく、現時点での私の持てる力はすべて出し切ったレースだったと言えよう。
その結果、優勝とという栄えある栄冠を手に出来たことは非常に嬉しい。
優勝してコースをウィニングランをする私にすべての観客席やオフィシャルたちが祝福してくれる。なんとも言えない感動的なひと時だった。
この光景は一生忘れないだろう!
レースが終えると、いつものメンバーからの祝福は勿論のこと、元SSCチャンプのBSのJUNさん・ミスミのFRANKさん・カメラマンのセヤさんなどこの日は珍しい人も多数来ていて大変嬉しい賛辞を受けた。
そして、静かに笑顔で勝利をたたえてくれた師匠・豊田選手には感謝したい。
サーキットは最高だ!涙が出たゼ!
この日は一生忘れられない日になった。
毎年5月1日は我が社では休日にすることが決まった。
この日の夜は反省会ではなく祝勝会が鶴見某所で執り行なわれた。
都合で筑波サーキットには来れなかったアポロン様やマッツーそしてEMMYまでやってきた。
MAX5で2位のJack氏や、S1で自己ベストの6秒台で盛り上がっているタカギさん、
日本酒でベロベロの腰痛番長と、翌日は仕事だというのに閉店まで宴会は続いた。
この席で、一国Racingとして7月17日の第2戦に向けた計画が発表になった。
この私の感動を、レースをしている人やしたい人にも何としても味わってもらおうというプロジェクトだ。
@一国最後の秘密兵器タマル氏がSSC-OPENへM2で出場する。
AMAX10にはナベちゃんは勿論だが、モッツーも走らせて表彰台をゲットする。
Bアポロン様をレースデビューさせる
この3つのプロジェクト達成に向けて、すでに着々と準備はすすめられる。
苦節3年、2002年にスポーツスターで初めて筑波サーキットを走ったときは1分26秒だった。
そして倶楽部19秒台に突入、2003年に一念発起してスポからXB9Sに乗り換えて、転倒2回。
何とか、ここまでやってきた結果がやっと実った。
素人でも、多少体重が多くても頑張ればレースはそれなりに楽しめるものだ。
今、PCでこの文章を入力しながらも涙が止まらない。
感動と涙で今日は仕事にならないので、アップロードしたらさっさと家に帰ろう!
お疲れ様でした。
■オマケ■
プロのレーシングカメラマンである瀬谷氏からの寄贈写真。
序盤戦。
DUCATI 900SSの笠間選手に追いかけられる。
レース終了後。
このガッツポーズがすべてを物語っている。