るーきーずエンデューロ 第1戦
開催日:2005年4月3日(日)
場所:ウインズMXパーク
主催:ウインズアサノ
■写真集■
今年最初のオフロード系のイベントということで、一国峠のフルメンバーと言える12名での参加となった。
降水確率60%をひっくり返してピーカンになったのは、やはりアポロン様の力と思わざるを得ない。
どうもありがとうございました。 (ペコペコ パンパンパンパン ペコ ⇒ アポロン様は出雲系に属「するので、2拝 )
このイベントには午前の70分耐久レースと午後の150分耐久レースがあり、思い思いのフォーメーションで挑むのだが、
我が一国峠では、以下のようなエントリーになった。
|
ゼッケン |
マシン |
10:20〜11:30 |
13:10〜15:40 |
||
|
70分クラス |
150分クラス |
||||
|
60 |
CRM250R |
- |
オフイシ |
||
|
57 |
CRM250R |
- |
マッツー |
||
|
59 |
RMX250 |
- |
チョウナン |
||
|
159 |
RMX250 |
タマル |
- |
||
|
55 |
XR250 |
- |
アポロン |
えれっく |
|
|
66 |
LANZA 2型 |
- |
ミヤジマ |
オフイグ |
|
|
161/61 |
LANZA 1型 |
mazyora |
タカハシ |
タマル |
mazyora |
|
158/58 |
セロー |
ミタ |
シェフハヤシ |
ミタ |
|
昨年12月の第三戦では皆で午前の70分耐久を走ったのだが、それでは物足りないという一部のツワモノ達が、今回は午後の150分を単独で走りきると言うことになった。
そのために、午前は体力温存するために不参加という人が意外と多かった。
結果、午前中の70分EDを走るのは私とミタ氏・無冠の帝王タマル氏の3名だけだった。
そして、午前の70分耐レースがスタートした。
Aクラス 9台(2スト80CC以下4スト100CC以下)
Cクラス18台(Aクラス以外で2スト250CC以下4スト250CC以下)
合計で27台で争われる。
昨年とは逆周りのコースに変更なり、1周が5分くらいかかるのだろうか?
1周目はマーシャルが先導しての完熟走行の後に、ローリングスタートとなる。
すなわち、1周目の位置取りが順位に大きく影響するように思われるが、70分も走るんだから、あまり関係ないか?
とにかく、やや上位で完熟走行をこなし、そのままスタートとなった。
今回のmazyoraは昨年12月の大会よりも、体重が減ったせいなのか、なかなか調子が良い。2〜3周はコースを覚えることに専念して、慎重な走りだったが結構気持ちよく走れた。
ところが、油断したわけではないが、チェックポイント後のドロ沼セクションのところで、ハマッてしまったのである。
もがけどもバイクは沈んで行くだけ、、、、。(┰_┰)
すっぽりとドロに嵌り、びくとも動かなくなってしまった。
オフィシャルの許可をもらい、数名に手助けしてもらい、脱出できたときは何周かのロスと、体力のロスで事実上私のエンデューロはここで終わった。
疲れ果てた身体で、のんびりと周回を重ねていると、コース中盤に細かいウォッシュボードがある。その右側にある水が溜まって池みたいになっている箇所で、水没しているバイクを見つけた。
さらには、その横で佇んでいるライダーを見ると、無冠の帝王タマル氏ではないか!
(後の首脳会議でこの池を タマル池 と呼ぶことが決定した)
顔は泥だらけだったが、涙を流しているに違いない。まだ始まって10〜15分程度しか経過していない序盤戦での痛恨のリタイヤは悔しいに違いない。
そんなタマル氏を見て、走行しながら思わず笑っていたら、ハンドルをとられコケそうになった。
幸いにして、タマル氏は午後の150分EDには私のバイクでのエントリーだったので、午後にでもリベンジすれば良いか? などと、他人の心配をしながら走行していると、
時々、全身黄色の目立つ衣装に身を包んだミタさんをが目に入る。
見かけるものの、そのお互いの位置関係が理解できるほど、コースレイアウトは熟知していなかったので、ひたすら先を行く、ミタさんを追うしかなかった。
結果がすべて、リザルトとしてミタさんの後ろに位置するわけにはいかない。
それが、一国峠先輩ライダーとしての意地である。
結果的には、私がクラス13位、ミタさんは15位、タマル氏はリタイヤということで面子は保たれた。
午後の150分EDは30台を越すエントリーで、大体が2名ほどのチームを組んでの参加となる。
一部の速い人達は一人で走りきるようだが、それに挑む者が我が一国峠でも3名居た。
オフイシ・チョウナン・マッツーである。
この3名は越冬隊としても有名だが、やはり過酷であればあるほど燃える体質の輩達である。
まず、完熟走行の1周目で良い位置をキープしたオフイシが先行する。
えれっくもまぁまぁのポジションだった
タカハシはこの完熟走行ですでにコケており、この先の苦難を予言していたかのようだった。
最後尾スタートのチョウナン君は淡々と周回を重ねる。
マッツーはバイクと共に一回転するような大転倒を始め、細かいミスを連発して、思い通りに順位を上げることが出来ないでいた。
レース中盤、オフイシの転倒などで、トップを奪ったチョウナン君はおそらく2分くらいのアドバンテージで先行をしていた。
淡々と走るその姿を見ると、そのまま逃げ切ってしまうだろうと誰もが思っていた。
メインストレートではこちら側に手を振る余裕すら見せていた。
しかし、レース終盤100分を過ぎたあたりから、ペースが落ちてきたチョウナンとは対照的にペースを上げてきたオフイシが見る見る迫って来る。
丁度、周回遅れのマッツーに引っかかっていたチョウナン君に徐々に近づくオフイシ。
おそらく、このときにチョウナンを抜けばTOPであることは十分に承知していたことだろう、さらにアドネラリンを分泌して、チョウナン君を抜いてTOPに躍り出た。
しかし、チョウナン君は付いていこうとしない。
作戦なのか?力が残っていないのか? とにかくずるずると離され始めた。
そこから先は、オフイシの独壇場だった。アクセルの開け具合、車体の飛び具合など尻上がりで元気になっていった。
これで、勝負あったかに思われた。しかし、レースというのは何があこるかわからない。
そのあと、残りもあとわずかというところで、オフイシが致命的なミスをした。
誰かの助け無しでは、崖から落ちてしまうほどの場面だったそうだ。
丁度そこを通りかかったアポロン様の協力もありコース復帰できて、見事にチェッカーを受けることが出来たということだった。
一歩間違えば、リタイヤになる可能性を秘めていた崖の箇所だったと言うことだった。
(もし、落ちてリタイヤになれば、そこは「石田崖」と命名出来たのに、、、。)
その隙にタカハシがアポロン様を追い抜きチェッカーを受けることが出来た。
■150分EDリザルト■
3位 オフイシ
9位 チョウナン
11位 マッツー
?位 オフイグ・宮島
?位 タカハシ・タマル・mazyora
?位 アポロン・えれっく
?位 シェフハヤシ・ミタ
帰りは、近くの温泉で汗を流し、夕食を食べて帰ってきた。
次回の9月は、この温泉に後泊してのんびり帰ってこようということで決まった。
何と言う宿だったかな? 1泊朝食付きで¥3,500とは破格であることだけは覚えている。
おわり