炎のBS走行会
2004/11/24(WED)
筑波サーキット
前週にあったスポーツ走行を急用でキャンセルした為に久々の筑波サーキットとなったこの日は、富士裾野での「秋のキャンプ」翌日ということもあり、疲れはあったが気合は十分だった。
朝4:30に目覚ましをセットしていたが、4:00に目を覚ましてしまった。
やや早めだが、駐車場へ行きHOMYに乗り込み、スターターを回す。
「カチカチカチカチカチ」
「あれっ? まさか!」
「カチカチカチカチカチ」
冗談だろうと思い、タバコに火をつけ気持ちを落ち着けて再チャレンジ。
「カチカチカチカチカチ」
なんとバッテリーが上がってしまっている。
「さぁ〜どうすればいいんだ?」
こんなことは生まれてはじめてだ。
@MPVへ積み直して行くか? いやいや一人ではMPVへ積めない。子供をたたき起こすのも気が引ける。
A梅ちゃんを呼んでみよう! 電話が繋がらない。
そうだ加入している自動車保険のZURICHのサービスにこんなのがあったのを思い出して電話をした。
30分くらいで来てくれるらしい。一応ほっとした。
何とか間に合いそうだ。
作業時間を短縮する為に、再度モッツーや梅ちゃんに連絡をとり、バッテリーの位置を確認すると、なんと運転席の後ろのフロアにあるらしい。
そこのバッテリーを取り出すには、バイクを下ろさなければならない。
仕方なく、バイクなどの荷物を下ろして救急隊の到着を待った。
到着後、すぐにエンジンはかかった。
慌てて荷物を積み、6:00頃に筑波サーキットへ向って出発したが、不気味な幕開けに道中はネガティブになっていた。
「こういう日に限ってコケて、弱り目に祟り目っていうことがあるんだよな」
とかなんとか、暗い道中となっていた。
7:30頃に筑波へ到着し、準備に取り掛かった。
1本目は8:30からなのでそんなに時間は無い。
今回はニュータイヤ装着の為にタイヤの油取り、ワイヤリング、アンダーカウル装着、空気圧などいろいろとやることが多かった。やっと終わったのが8:25分。バタバタと着替えをして1本目の走行に入った。
この日は丁未 仏滅であることはあとで知ったことだが、とにかくバタバタのスタートとなってしまった。
気温が低く、新品タイヤだったので、静かにコースイン。
3周ほどしてペースを上げるものの、P-LAPが作動せずに自分のタイムがわからない。
気温は低く、タイヤが滑っているような感じがする。
タイムは恐らく15〜17秒辺りではないだろうか?そんなタイムじゃすべるはずも無いのに、、、。
10月22日のBS走行会で走ったばかりなのに、何か久し振りの感がある。
やはり、レーサーは最低でも2週間に一回は走っておく必要がありそうだ。
淡々と時間は過ぎていく。特に速い人も回りには居なかったので平凡なペースが続いた。
883の神様といわれているオクカワ氏もコースアウトをしているのを見て、更にびびったりしていた。
25分の走行時間の後半に差し掛かった時に、Jack氏が相変わらずの白装束で抜いていった。
2ヘヤを立ち上がった瞬間、今度はTEAM-PLAINの星条旗カラーを纏ったXBも抜いていった。
イワキ選手だ。(やや私が妨害気味だったかもしれない)
「よ〜し、丁度良い。ちょっと引っ張ってもらうか?」
気持ちが戦闘モードへ入れ替わった。気分なんていうものはそんあ風なちっぽけなことかもしれない。
「付いていけるかな?付いていけないだろうな〜。いや、頑張れば少しくらいは・・・」
などと考えているうちにイワキ選手は消えてしまった。恐らく5〜6秒なので当然のことなのだが。
やはり付いて行くにはもう少しタイムが近い人が良い。
すると、今度はHOTDOCKの河北さんが抜いていった。
最近はレースで見かけないが、以前は883クラスで楽しんでいたのを見ていたので、ひょっとして引っ張ってくれるかな?
と思ったが、やはりすぐに消えてしまった。
今回は4バルブの速いマシンに乗っていたので仕方ないところである。
そんなことで、1本目は決め手もなく終わった感じだった。
しかし、朝の不運は完全に忘れ去ることはできた。
途中でPLAINピットでM総監督とイワキ選手と話をしていた。
1本目に走ったクラスは遅い人が多くて走れないので、2本目はクラス替えをして走ると言っていた。
「mazyoraさんも替えてもらえば?」とM総監督はキツイ冗談をかましてきた。
私はその遅い人の部類なので、その必要は無かったが、2ヘヤでイワキ選手を妨害してしまったことは詫びておいた。
イワキ選手はXB12Rに惚れ込んでいた。
以前883のレースに出たことがあるらしく、スポとXBの差について15分ほど講義を受けた。
私が早い時期にスポからXBに乗り換えたことが正解だったと確信した瞬間でもある。
彼は有名人だが、実際にサーキットでは速いライダーなので説得力はある。
敬意を表して拝聴させていただいた。
実際に会話してみて感じたことがある。顔つきだけではなく、雰囲気がオレKにそっくりだった。
(※注 走りに関してはその限りでない)
2本目は10:30からで気温も上がり、Newタイヤも皮がむけて最高の状態となった。
コースイン早々にペースを上げて走っているとすぐに14秒15秒のLAPタイムとなった。
そして13秒12秒13秒12秒・・・。
こんな調子で、ある意味安定していたがもう少し先に行かない。
MAX10で入賞するにはまぐれでも10秒台が欲しい。
しかし、10秒台はおろか11秒台すら出ないのである。
「あれっどうしてだ?」
そんなときに心強い師匠が追い抜いていった。
スポの腰痛番長だ。
彼は、8月のTI3H以来半年振りのサーキット走行で、マシンは不調なスポだ。
一方こちトラはTI3H以降SUGO遠征・BS会と2回ほど訓練を積んで来てマシンは絶好調のXB9Fである。
条件的には抜くことは出来ないが付いて行くことは可能なはずだった。
そう思い込み、必至で腰痛番長を追った。
しかし、すべてのセクションで腰痛番長は徐々に離れていく。
「何? そんなはずは無い」
と思いつつ頑張るが、その差は広がる一方だった。
その結果、気付くと自己ベストの11秒565をマークしていた。
腰痛番長は、よほど乗れていたようで推定9秒台もマークしていたようだ。
兎にも角にも、自己ベスト更新は嬉しいものだ。
結果的には、引っ張ってもらう作戦は成功と言えよう。
その速さは目を見張る物があったようだ。(自画自賛)
多くの人が祝福してくれたが、中でも豊田選手の一言が嬉しかった。
「イチさんの第一コーナーのブレーキング上達しましたね〜」
「あとは、∞∬θγ仝§Θ すればもっとよくなりますよ!」
このアドバイスは秘密だが本番に向けて大きな収穫となった。
ピットをうろついていると目玉親父殿とガメ吉さんがじゃれていた。
ガメ吉さんは前回の10月のBS会で自己ベストを14秒台に乗せて喜びのあまり無意識にスキップを踏んでいたことで、あるサイトでは有名な御仁で、ハンドルネームもそれまでのカメ吉からガメ吉に昇格した。
そのガメ吉さんは更に自己ベストを更新して13秒台として、正々堂々と目玉親父殿の前でスキップを踏んでいた。
必至に追いすがる目玉親父を引き離しての13秒台は完全勝利と言える。
写真にもあるように、「まいりました」と頭を下げていた。
腰痛番長はご機嫌だった。
不調だったスポのセッティングが完全に決まったようだ。自分自身かなり走れていたらしく。
ずーっと笑っていた。
トレードマークのあの鋭い睨み顔は今回は無かったようだ。
本戦のSSC-OPENでは本格的にXB狩りを敢行しそうな勢いだった。
BMWの達人として目玉親父殿に紹介された並木さんはゴールドのBMWで1本目早々にCXで転倒するも元気に2本目を走っていた。その時に悪餓鬼ことオサダさんが追い抜きながら手招きをしたことを冗談で腹を立て、「同じBMWで勝負して来い!」
と言っていた。
双方とも60歳を越える大先輩達だ。なんとも頼もしい光景であろうか。
「mazyoraもかくありたい」
そう思わせる一コマであった。
残り10日。
あとは天候が穏やかであることを祈るのみである。